社長ブログ

「必要な恐怖」と「不必要な恐怖」

今識学のコンサルティングを受けている。

識学は位置、結果、変化、恐怖、目標、のパートに分かれている。

先日学んだのは「恐怖」パートで、「必要な恐怖」と「不必要な恐怖」の概念を学んだ。

これがある意味印象的だったので、ブログに書いておく。

「必要な恐怖」とは

識学では、組織の中で人が動くために必要な恐怖として3つが挙げられている。

  • ・評価者(会社・上司)の求めることがわかっていない
  • ・変化していない
  • ・時間を無駄にしている

この状態になった時に恐怖を感じるべき、という理論である。

反対に「不必要な恐怖」は、自己評価による恐怖、既得権益を失う恐怖、立場がなくなる恐怖などがある。

識学では自己評価を認めていない。

この必要な恐怖が正しく機能するには、就業規則などのルールと評価制度をセットで機能させることが重要となる。

恐怖とは、死の回避感情

そもそも恐怖とは、死なないために人に備わった感情だ。

狩猟時代に獣に襲われるかもしれない恐怖。

車が自分に急発進してきて感じる恐怖。

いずれも回避しないと死に直結する。

そういうリアルに身の危険を感じる恐怖もあれば、職を失い糧を得られず生活が成り立たない、という恐怖もある。

糧が得られず生活が成り立たなくなると、「社会的な死」に近づく。

だからこそ「職を失う恐怖」が人を動かす原動力になっていた。

「職を失う恐怖」はもう機能しない

ここからは持論である。

しかし現代は違う。

今の日本、特に介護業界においては、辞めても再就職はほぼ確実にできる。

労働人口が圧倒的に少ない売り手市場で、応募すれば採用される。

年収300〜400万円は確保できる。

広島市で暮らすにしても、年収200万円台でも生活は成り立つ。

命の保証は社会制度が担っている。

つまり、職を失いお金が無くなることと「生命の維持」「社会的な死」が直結していない。

職を失う恐怖は、マネジメントの道具としてほぼ機能しない時代に入っている。

これらが悪いと言いたい訳ではなく、日本の福祉がいかに恵まれているか、ということである。

機能するのは「変化していない恐怖」

そこで機能するのは「変化していない恐怖」しかないと思う。

「変化していない恐怖」とは、周囲と比較して「自分だけ変わっていない」と気づく瞬間だ。

識学では変化を2種類に分けている。

「機会変化」と「経過変化」。

ダイエットで例に挙げると、スポーツジムに入会するのは機会変化。

スポーツジム入会後、週2回通い続けるのが経過変化。

転職は機会変化、転職先で職場での行動が変われば経過変化である。

つまり、機会変化は一過性のイベントに対し、経過変化は日々の行動が変わるということ。

識学では、経過変化の方が意味が大きいとしている。

経過変化が積み重ならない限り、人は変わらない。

では、経過変化はどうすれば生まれるか。

周囲と比較する(される)のである。

職場全体が成長していく中で、自分の停滞を実感することが、人を動かす必要な恐怖になる。

だからこそマネジメントが必要で、個人任せにしてはいけない。

広島の障害福祉会社として取り組むこと

株式会社障がい者ライフサポートでは、評価制度の仕組みを整えている最中だ。

識学には成長していない自分を直視できる「必要な恐怖」がマネジメントに組み込まれている。

それが会社全体のサービス向上につながり、「障害者がありがとうと言われる社会」に近づくと信じている。

もちろんサービス向上だけじゃなくて、スタッフみんなの成長も願っている。

だからこそ仕組みを作る。

終わりに

恐怖を正しく機能させるのが、マネジメントの本質の一つだと今回学んだ。

ただ、本音を言えば、「人に管理されないと動けない」のは、自分の人生を他人に委ねているのとおんなじだ。

自分の人生を他人に委ねるなんて馬鹿げている。

こんなに素晴らしく豊かで、平和で、楽しいが詰まってる日本で自分を変化させないなんてもったいない。

一緒に変化し、成長できるスタッフと、仕事を楽しみ尽くしたい。

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