マレーシアに来て2年3ヶ月が経った。
その間、タイ、ミャンマー、インドネシアなどにも行った。マレーシアからとても近い。
日本には2〜3ヶ月に1回のペースで戻っていて、その度に感じることがある。
日本という国は異常なほど素晴らしい。
海外に行った日本人がよく言う「外の世界から見たら日本ってすごいよ」って言うアレだと思って見てくださいm(_ _)m

一言で表すなら「責任感」
その素晴らしさを一言で表すなら「責任感」だ。
公共トイレの清潔さ、サービスの質、ゴミ箱がないのに綺麗な街、世界トップクラスの介護福祉制度、浄水器なしで飲める水道水。
これらすべてに共通するのは、誰かが責任を持って仕事をやり遂げているという事実である。
都市伝説レベルではメタのマーク・ザッカーバーグが、「AIより怖いのは日本人だ」と表現していたらしい。
ほんと言ったかどうかは怪しいけど、そう感じる人も多いだろうなとも思う。
日本の当たり前は世界の異常
マレーシアでは時間を守らないのが当たり前だ。
修理業者に「明日3時に行く」と言われても、翌日になって「今日は行けない」と連絡が来る。
次の日9時に来ると約束しても、11時に現れる。
こちらも言葉が得意ではないので「なぜ遅れたのか」とは聞かないが、これが1回や2回ではない。
時間は守らないという前提で生活しなければならない。
飲食店では注文したものが来ない可能性を常に考える。
オンライン注文だと大丈夫。
店員が聞き取りに来るタイプだと「注文をちゃんと伝えよう」と意識する。
店員メモを取っていれば確率は上がる。
メモを取ってなければ絶望的だと思っておいた方がいい。
雑貨店で鏡を買って袋を開けたら割れていたので交換を申し出ると、「お前が割ったんじゃないのか」と疑われた。
クッション言葉もなく、「じゃあ新しいの取ってこい」と指を指される。
一方、日本はどうか。
時間通りに動く公共交通機関、列を作って大人しく待つ人々、丁寧な受け答えをする店員、ハズレが少ない飲食店。
サービス品質が高すぎる、民度が高すぎる、メシがうますぎる。
お客様を待たせない、丁寧に対応しきるという意識が全体的に高い。
JRや地下鉄は1分たりとも遅れず、遅れたら車内で謝罪する。
この質は異常だ。
交通ルールに見る社会規範
ジョホールバルに引っ越して4ヶ月が経った。
警察という機能が働いていないのか、みんな交通ルールを軽視している。
この4ヶ月間で、悲惨な事故を3回目撃した。
クアラルンプールより田舎で車通りも少なく快適だ。
ただ、車通りの少ないところでは信号を守らない人が多い。
青信号だからといって確認せず進んだら危ない。
「もしかしたら来るかもしれない」と思いながら進まなければ危険だ。
日本では交通ルールをみんなしっかり守る。
ただ、日本は高齢運転手が多いのは怖い。
若くてルールを守らないマレーシアの人たちはもっと怖い。
働き方に見る生産性の違い
子どもの友達の父親と話す機会があった。
日本企業のマレーシア支店に出張で来ていて、「マレーシア人5人は日本人2人分の働きしかしない」と言っていた。
それを前提に一緒に働いた方がいいと。
クアラルンプールでよく行ってた日本人整体師も、求人を出すと10人応募が来て、しっかり選べる。
でも時間通りに出勤して来なかったり、出来てないことを冷静に指摘すると、
「私は人生で親にも怒られたことがない。今あなたに怒られて困惑している」
と言われたそうだ。
さらにラマダン(日の出から日没までの断食)の期間は、熱心なイスラム教徒は日中12時間飲食をしない。
その間の生産性は皆無だという。
集中力も覇気なく、「出勤してきてくれてありがとう」というレベル。
一方、日本人は真面目で勤勉だ。
基本的に遅刻も怠慢も少なく、全体的なレベルが高い。
時間を守り、ミスしたら謝り、ストレスがありながらも指摘を受け入れる。
これは世界的に見れば異常なほど優れた人種なのだ。
それでもマレーシアに住む理由
理由は「子どもの教育」のみである。


インターナショナルスクールでの英語中心の教育環境は、日本では手に入りにくい。
イギリス式とかアメリカ式とかによるけど、基本詰め込み教育などはせず、対話と自己主張を重視するスタンスは気に入っている。
マレーシアでは、スーパー、タクシー、習い事、どこへ行っても英語という環境だ。

日本でもインターナショナルスクールはある。
ただ、実際に行っている人曰く、
「最近英語教育をさせようと英語レベルの低い人も入ってきて、そっちに合わせた英語教育になってるクラスもあるので不安がある」
そんな話も聞いた。もちろん1事例くらいで捉えている。
子どもは「日本に住みたい」と言う。
まだ5才と3才なので、なぜマレーシアにいるのかも理解しておらず、日本に住めるとは思っていない。
日本は素晴らしい。
トイレも、JRも、新幹線も、食事も、すべてが異常なまでに高レベルだ。
ただ、何かを手に入れたければ何かを捨てなければならない。
それだけこれからの時代、英語力が重要だと踏んでいる。
彼らの仕事に結びつかなくてもいい。
ただ、遊びに行く時に言葉に困らず物怖じせず、世界中に遊びに行ってほしい。
それだけで人生の幅が広がる。
彼らにそんな風になってほしいと思っている。
日本人が忘れかけていること
一方で、日本人が忘れかけていることもある。
それが「足るを知る」ということだ。
いかに自分たちが恵まれているのか。
その中にいるとなかなか気づくことが難しい。
今ある生活レベルが世界的に高すぎる。
仕事も自由に選べるから、仕事があること自体への感謝が難しい。
自由に選べるからこそ、やりたくない仕事は外国人労働者に頼む構造になっている。
建築、農業、介護、コンビニ。
これらの仕事を支えているのは外国人スタッフだ。
今年採用したミャンマーのスタッフはとにかく一生懸命働いてくれる。
それはミャンマーが内戦と貧困が続いている、という側面もあるだろう。
女性といえども徴兵されることがあるという。
ただ、出稼ぎ出国中の国民は声がかかりづらいと聞いた。
2025年2月に男性は出国禁止命令が出されていた。
さらに日本で働けば給料はミャンマーの約9倍だ。
彼らにとって、海外で働けることにありがたみがあり、身を守る選択にもなるのだと知った。
日本ではくだらない理由で仕事と向き合えない人もいる。
「人生の大半を費やす重要な活動なのにもったいない…」と思うが、まぁ余計なお世話だろう。
その中にいるとなかなか気づくことが難しい。
終わりに
海外に出て改めて気づいた。
日本人の持つ「責任感」は、世界的に見て圧倒的な強みだ。
一方で、その恵まれた環境に慣れすぎて「足るを知る」ことを忘れかけている。
こんな「他者貢献」を感じられる仕事に出会えたことに感謝したい。
一緒に働いてくれる仲間がいることに感謝したい。
そして必ず結果を出すよ。




